2016年度広報情報発信委員会

県青連合同例会・倉吉YEG30周年記念式典・記念事業・祝賀会に参加

2016年11月15日

秋晴れの素晴らしい天候の中、倉吉の地で開かれた県青連合同例会と倉吉YEG30周年記念式典・記念事業・祝賀会に参加しました!

例会の冒頭に山崎県青連会長から、全国から寄せられた鳥取県中部地震のお見舞いに対しての感謝と『倉吉は元気です!』と復旧への力強いメッセージが発信され、被災され大変な状況の中で30周年記念事業を準備された倉吉YEGへの感謝とねぎらいの言葉がありました。

例会終盤に恵那YEGの事業PRがあり、メンバーで楽器を演奏し、オリジナルの歌詞で倉吉を元気づける歌『サライ』を集まったメンバー全員で肩を組みながら大合唱しました。恵那と倉吉の強いつながりを感じ、改めて遠い地域でも強い絆が作れるYEGの素晴らしさを実感する例会となりました。

とても美味しい昼食を挟み、倉吉YEG創立30周年記念式典が開催されました。倉吉YEG宮本会長の挨拶では、「直前の地震で30周年記念事業の開催について賛否両論あったが、こんな時こそ、皆で力を合わせて開催し倉吉の元気な姿を届けることが大事と考えた」との言葉がありました。地元選出の国会議員の方々を始めたくさんの方からの祝辞や祝電が披露されたのちに、倉吉YEG30周年の歩みの動画を視聴し、倉吉YEGの先輩方が築いてこられた歴史の重みを実感しました。

記念事業からは、鳥取短期大学の学生や一般の方が聴講され、会場は一気に賑やかくなります。

記念事業のテーマは『倉吉淀屋』。江戸時代に大阪で繁栄を極めた豪商の淀屋が倉吉に暖簾分けした店『倉吉淀屋』があり、大阪の淀屋が潰された後の世代に、大阪に戻り淀屋を再興したという史実があるそうです。このことはあまり地元でも知る人が少ないそうで、これから観光資源として盛り上げていこうという趣旨でした。

前半は講談師 旭堂南青 氏による講談『蘇生の五兵衛』を聞き、今に伝わる『倉吉淀屋』の足跡に思いを馳せました。広い会場でしたがマイクを切って生声で話され、プロの声量と話術に魅了されました。

後半は、『倉吉・大阪 両淀屋を軸とした観光資源の可能性』と題した討論会でした。倉吉観光大使の平田様を進行役に様々な経歴を持ったパネラーの皆さんがいろんな角度から倉吉淀屋の可能性について議論しました。テレビドラマの題材としても可能性があるテーマだとの話も出て、一躍全国的な観光地になるのではとワクワクしながら聞きました。

祝賀会は会場をホテルセントパレス倉吉に移して行われました。湯梨浜学園の皆さんが書かれた倉吉YEGスローガン『挑め~未知なる道を』の大きな書に出迎えられ、たくさんの美味しい料理を堪能しました。バンドの生演奏でビートルズカバーのライブもあり、大盛り上がりの内に閉会となりました。30年の歴史を振り返るとともに、これからの35年40年をどんどん盛り上げていこうという熱い思いに溢れた素晴らしい周年事業でした。

ブログ更新: 安田 道人